自分の体臭を生かしながら、臭くならずに上手に香水を使う方法については、以前、「間違った臭い消し!? 香水と体臭の上手な付き合い方」でお伝えしましたが、今回は香水の歴史そのものに焦点を当て、ご紹介いたします。

香水のはじまりは“煙”

まだこの世に「香りを楽しむ」という概念がなかった頃、人々は狩りをしたり、植物や木の実を採ったりして暮らしていました。そして、肉や魚を焼くために火を使い、そのときに出る煙が天高く上がっていく様子に、どこか霊的な力を感じていたのです。
ちなみに、香りを表す「perfume(パフューム)」はラテン語で煙が立ち上るという意味であり、その煙を身にまとうことで穢れ(けがれ)が祓われると信じていました。今でも、お寺に行って頭や体に煙をつけながら願い事をしたりしますよね。宗教的な意味も強く、儀式のときに煙を使うほか、お寺や教会などの建物を香料の香りで満たすことも日常的に行われています。
そして、この煙こそが香水の元祖。独特の匂いに強く引き付けられた人々は、徐々に香りの魅力に取りつかれていくことになるのです。

香料の登場

紀元前3000年頃になると、自然に生えている木から良い香りのする成分を取り出し、香料として使う文化が広まりました。主に白檀(ビャクダン)や肉桂(にっけい)などが用いられましたが、当時は単に香りを楽しむだけではなく、香料の持つ腐敗を防ぐ力を利用して、ミイラ作りにも使われていたようです。また、古代エジプトの時代には香料を使用した化粧品も登場しました。良い香りのするクリームや美容液は、さぞかし女性を魅力的に見せていたことでしょう。
香料を利用して成功した女性といえば、世界三大美女の一人・クレオパトラが有名です。
クレオパトラは王の座をめぐって実の弟と権力争いをしていましたが、軍人カエサルが弟を殺害することでめでたく王となりました。しかし、頼りにしていたカエサルが亡くなると自分の立場が危うくなり、これを乗り切るために当時ローマで権勢を誇っていたアントニウスに近づくことを画策します。このとき、クレオパトラは自分の乗った船に「クローブ」と呼ばれる香料を大量に焚きしめ、自らの魅力を強くアピールしたのです。

現代の香水の基盤と、今でも愛され続けているオー・デ・コロン

14世紀頃になると、現代の香水作りの元となった、アルコールに香料を溶かすという製法が誕生しました。その立役者となったのは、ハンガリーの王妃であるエリザベートです。戦争で亡くした夫に代わって国を治め続けてきたエリザベートは、しだいに持病のリューマチにも侵され、すっかり元気をなくしていました。ある日香水のつくり方を知り、さっそく香水を作らせたエリザベートは、それを自分の体に塗り、香りの持つ効用でどんどん若返っていきました。そして、ついに若かりし日のような、そのたぐいまれなる美貌を取り戻したのです。このことから、香水は「ハンガリー・ウォーター」と呼ばれ、若返りの水として脚光を浴びるようになりました。
「オー・デ・コロン」は、フランス語で「ケルンの水」という意味で、発祥はドイツのケルンといわれています。ケルンに住むイタリア人香水職人のヨハン・マリア・ファリナがオー・デ・コロンの開発者です。18世紀に故郷の自然を懐かしんで作ったものが、当時評価されました。ドイツで生まれたにも関わらず、なぜフランス語なのかというと、在ドイツのフランス人兵が国に帰ったときに、恋人にお土産として「ケルンの水(オー・デ・コロン)だよ」とオー・デ・コロンをプレゼントし、フランスで広まったからといわれています。オリジナルの香水は、オレンジ、レモン、花、ハーブ類のきいた爽やかな香りで、現代も愛され続けています。

今も昔も、人間の心を虜にしてやまない香水たち

このようなさまざまな歴史の中で、香水はしだいに進化を遂げてきました。エジプトからイタリアへ伝わる際には、香料に花の抽出物を加える工夫がなされ、今日の香水の原型ともなっています。特に、愛らしいフローラルの香りは世界中で愛されています。日本にも、古くから香りを焚くという文化があり、上流階級の人々の間で人気を博していました。
現在では、国内外の有名ブランドから、続々と新製品が発売されています。カジュアルに使えるものも増えているので、いろいろ試して自分に合うものを見つけてみてください。