日本人は、世界でも無類のお風呂好きで、体臭も少ないと知られています。しかし、現在のように毎日入浴するようになったのは、意外にもつい最近のことなのです。日本人がどのようにお風呂を楽しみ、どのような手段で体をきれいにしてきたのかを知り、もっと清潔で健康な体を作るコツを学んでいきましょう。

日本にお風呂が伝わったのは6世紀頃

日本にお風呂という文化を伝えたのは、6世紀頃の中国でした。仏教の伝来とともに伝えられたお風呂は、僧侶からしだいに庶民にも伝わったと言われています。
日本で最古とされる浴槽は、1282年に東大寺に作られた大湯屋です。約1,000ℓもの大釜でお湯を沸かし、それを「鉄湯船」と呼ばれる浴槽に入れるという方法をとっており、多くの学僧や僧侶が利用していました。
庶民にも解放されるようになったのは、鎌倉時代からです。

江戸時代の銭湯

江戸時代になると、銭湯が大繁盛します。庶民の憩いの場としての意味合いも強く、銭湯の2階には、自由にくつろぐことのできるお座敷が設けられていました。当時は商人や町人の自宅に風呂はなく、どんなに裕福な家庭でも銭湯に通っていたというのですから、その盛況ぶりが目に浮かぶようです。ちなみに、関西では「風呂」、江戸では「湯屋」と呼ばれていました。
昔の人はあまりお風呂に入らなくて、臭かったのでは? と思いがちですが、この頃になると娯楽として頻繁に銭湯に通っていた人が多く、臭いも強くなかったと推測されます。

男女混浴が当たり前だった
江戸末期までは、なんと、銭湯は男女混浴が当たり前でした。仕切りも何もない中で若い男女も一緒にお湯に浸かるのですから、問題が起きないわけもなく、何度か禁止令が出されながらも綿々と続いていたようです。
天保の改革(1841~43年)の際に厳しく取り締まりが行われ、ようやく浴槽の中に仕切りを付けたり、男女で銭湯を使う日を分けるなどの対策がとられるようになりましたが、売上が減ることを嫌った銭湯の店主が言いつけを破るケースが頻発し、完全に収まったのは明治30年頃のことでした。

風呂屋と湯屋
銭湯には2種類のスタイルがあり、水蒸気で満たされた部屋に入って汗を流す、現代のサウナのような形式のものを「風呂屋」、沸かした湯を浴槽に入れ、浸かったり、体にかけたりする形式のものを「湯屋」と呼んで区別していました。

間違った体の洗い方に注意

このように、長い歴史を経てすっかり日本人の身だしなみ文化として定着したお風呂ですが、間違った入浴法をしているばかりに、肌荒れを起こしたり、臭いの元を落としきれなかったりと、トラブルの原因を作ってしまうことも。どのような方法がよくないのでしょうか?

ナイロンタオルでごしごしこする
ナイロンタオルはでこぼこの素材でできており、肌をこするとなんとも気持ちの良いものです。しかし、肌はあまり強い刺激を受けると「攻撃されている」と感じて警戒し、メラニンを作って対抗しようとします。その結果、肌が黒ずむことになるので、やわらかい素材のタオルを使ったり、手でなでるように洗ったりするようにしましょう。

熱いお湯に入る
寒い冬は熱いお湯に浸かって温まりたい。その気持ちはよく分かりますが、あまり温度の高いお湯に浸かると、肌に必要な水分や油分まで失ってしまい、乾燥しやすくなります。また、熱いお湯は湯冷めしやすいので、健康にもよくありません。美肌と健康を守るお湯の温度は40℃まで、と覚えておきましょう。
ちなみに、シャワーだけですませてお湯に浸からずにいると、毛穴が開かず汚れが詰まり、体が臭いやすくなります。夏でも、ぬるめの温度のお湯に浸かるようにしましょう。

しっかりすすがない
洗顔料や石けんが肌に残っていると、ニキビや肌荒れの原因になります。また、シャンプーがしっかりすすげていないとフケやかゆみが出るので、すすぎには十分に時間をかけましょう。

長い歴史を持つ日本のお風呂

6世紀頃に中国から伝えられて以来、状況に応じてさまざまな方法をとりながら、お風呂は私たち日本人の生活に欠かせないものとして発展してきました。現在はたいていの家庭に内風呂がついており、人目を気にせず、いつでも好きなときに入浴できるようになりました。この便利さを無駄にせず、臭いなどで他人に迷惑をかけないよう、こまめな入浴で清潔を保ちましょう。また、入浴でかえって悪い効果を出さないよう、正しい入浴の仕方に関心を持つことも大切です。