世界で最も有名なハーブの一つ、ペパーミントはいつごろから人々に使われてきたのでしょう。昔から人々に愛用されてきたペパーミントを歴史の観点から詳しく見てみましょう。

ペパーミントについて
ペパーミントはヨーロッパ大陸原産のシソ科ハッカ属の多年草で、スペアミントとウォーターミントとの交雑種です。湿気のある条件を好み、地下茎で繁殖し非常に強い生命力をもつので、庭に植えるときには大事な草花の近くには植えないように気を付ける必要があります。
主な産地は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、イタリア、フランス、インド、中国、スペイン、ブラジルで、イギリス産が最も高品質とされています。

ペパーミントの学名とギリシャ神話
ペパーミントは学名Mentha piperitaといい、Mentha はハッカを表します。piperita はコショウを表しますので、Menta piperita コショウのようなハッカ、という意味にとれます。和名は西洋ハッカ、コショウハッカといいます。
学名の Mentha はギリシャ神話に登場する妖精メンタから由来しています。冥界の王ハーデスが地上世界に現れたとき、妖精のメンタに恋をしてしまいます。それを知ったハーデスの妻ペルセポネーの怒りに触れたメンタは草に変えられてしまい、以後その草は「ミント」と呼ばれたということです。

古代のエピソード
紀元前のエジプトの墓からミントが発見されているそうです。
古代ギリシャ・ローマの人々は、祝宴のテーブルにミントの束を置いたり、床に敷いたりしてその爽やかな香りを楽しんでいたそうです。ミントの葉で作られた冠は幸福の象徴とされ、花嫁が身につける習慣となっていました。
ギリシャ人の男性は力強さを授かるようにとミントを腕にすりこみ、ローマ人は入浴に用いました。

中世のエピソード
古代ギリシャ・ローマで用いられてきたペパーミントは中世にはイギリスへ伝わっており、修道院で栽培されていたといいます。中世のヨーロッパでは、ハーブを部屋の床に直接撒き散らしているのが一般的でした。これは、ストローイングハーブといいます。中世ヨーロッパでは伝染病で多くの人々が亡くなっていました。ハーブの芳香に抗菌力を期待し、それを踏むことで香りが揮発し病原菌や邪気から身を守れると信じられてのものでした。ペパーミントのほかにも、カモミール、ラベンダー、タイム、マジョラムなどが使われていたそうです。また、肉屋には虫除けのために必ずミントがありました。

近世のエピソード
近世になると、ペパーミントはヨーロッパからアメリカ大陸へ植民者によって運ばれました。19世紀には商業栽培が始まり、ペパーミントガムが発売されました。
日本には、ペパーミントとは異なる在来種として和種ハッカがあります。中国から渡来した説があり、9世紀の書物には薬として記載があります。ペパーミントが日本に伝えられたのは江戸時代の頃ですが、商業栽培されたのは主に和種ハッカでした。

ペパーミントは古代から人々の暮らしの中で親しまれてきました。香りが心身に作用することを経験的に知っていたのでしょうか。その使われ方は現代のアロマテラピーに通じるものがありますね。